大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(行ツ)19号 判決

上告人

甲野太郎(仮名)

右訴訟代理人

礎部靖

外三名

被上告人

大蔵大臣

大平正芳

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人礎部靖、同福原忠男、同若林清、同渡辺法華の上告理由第一点ないし第四点について

論旨は、要するに、公認会計士の廃業の場合における身分喪失につき登録の抹消をその要件と解した原判決は、公認会計士法(以下、「法」という。)の解釈を誤り、ひいては職業選択の自由に関する憲法の規定に違背し、また、判例の趣旨に反するというのである。

法は、公認会計士又は監査法人でない者は、法律に定のある場合を除く外、他人の求めに応じ報酬を得て二条一項に規定する義務を営んではならないとし(四七条の二)、また、公認会計士となる資格を有する者が、公認会計士となるには、公認会計士名簿に所定事項の登録を受けなければならないとして(一七条)、登録に関する事務を日本公認会計士協会(以下、「協会」という。)に行わせているのである。思うに、法が、右のように、公認会計士につき登録制度を採用し、その事務を協会に委ね、しかも、登録により公認会計士となつた者は当然協会に入会するものとしている(四六条の二第一項)のは、公認会計士となろうとする者の法的適格性を審査し、かつ、これを公証するとともに、その業務の公共性、社会的重要性にかんがみ、公認会計士を所轄行政庁である大蔵大臣の監督に服させ、その監督の一端を協会に担わせようとしたものと解される。すなわち、公認会計士となる資格を有する者は、登録を受けることにより、公認会計士の業務を適法に営む資格を取得するとともに、大蔵大臣及び協会に対してその監督を受ける関係に立つに至るのであつて、公認会計士たる地位(身分)には、この二つの法的関係が互に不可分なものとして含まれているのである。

ところで、法は、公認会計士たる地位の喪失については、単に法二一条において、公認会計士が、その業務を廃止したとき(一号)、死亡したとき(二号)、四条各号(欠格条項)の一に該当するに至つたとき(三号)、協会は、公認会計士の登録を抹消しなければならない旨を規定するにとどまり、具体的に何時その地位の喪失の効果が生ずるかについては、なんらの規定をも設けていない。したがつて、この点については、法規の合理的解釈によつてこれを決するほかはないが、その解釈にあたつては、公認会計士たる地位の喪失が、前記のように、公認会計士の業務を営む資格と大蔵大臣の監督に服する関係との両者の消滅をもたらすものであることにかんがみ、法二一条に掲げる各登録抹消事由ごとに、いかなる段階において地位消滅の効果が生ずるのが法の趣旨、目的に合致するかという見地から、個別的に考察し決定しなければならない。

右の見地に立つて法二一条一号の場合について考えるのに、同号は、公認会計士がその業務を営むかどうかは本来その自由に決定しうるところであるから、公認会計士が自己の意思によつてその業務を廃止したときは、その意思に従つて公認会計士たる地位を消滅させるべきであるとの観点から、これを登録抹消事由の一つとして規定したものと考えられる。この場合において、公認会計士としての業務を営む資格という関係では、公認会計士がもはや業務を営む意思がないことを確定的かつ客観的に表明した時点において、その地位の喪失の効果を発生させても、なんらの不都合はない。しかし、公認会計士として大蔵大臣等の監督に服する関係については、直ちにこれと同一に論ずることができない。けだし、大蔵大臣による監督権の一つである業務停止又は登録抹消の処分は、単に公認会計士としての適法な業務の遂行を不可能にさせるにとどまらず、この処分を通じて当該被処分者が一定期間公認会計士となる資格を喪失させる効果をも生ぜしめるのであつて(法四条五号、六号)、監督権の一内容としてこのような作用効果をも認めたのは、公認会計士の業務の公共性、社会的重要性にかんがみ、その公正の確保が強く要請されるためであり、このような大蔵大臣による監督関係は、公認会計士がもはやその業務遂行の意思がないことを明らかにした場合においても、直ちに当然にこれを保持すべき理由がなくなるというわけのものではないからである。それ故、公認会計士たる地位の喪失は、当該公認会計士が業務遂行の意思がなくなつたことを明らかにし、かつ、監督機関において監督関係の保持の必要がないと認めたときにはじめて生ずるもの、すなわち法二一条一号の規定についていえば、公認会計士がその業務を廃止した時ではなく、協会がこれに基づいて登録を抹消した時に生ずるものと解するのが、法の趣旨、目的に合致するものというべきである。そして、このように解したとしても、公認会計士は本来登録抹消の有無にかかわらずその業務を廃止することを妨げられないのであるから、これによつてその営業の自由に格別の拘束を受けるわけではなく、また、業務廃止後も監督関係の保持を必要とする特段の理由のないかぎり協会は直ちに登録を抹消すべきである反面、かような特段の理由がある場合には、ある期間右の監督関係が存続させられても、公認会計士としては当然これを甘受すべきものと認められるから、なんら格別不当な結果を生ずるものではないのである。

したがつて、右と同旨の原審の判断は正当である。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、すべて採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊 本林譲)

上告代理人磯部靖、同福原忠男、同若林清、同渡辺法華の上告理由

本件は、一件記録上明かな通り、第一審においては上告人の法律的論旨を全面的に採用した上、上告人の請求を認容したのに対し、原審は第一審口頭弁論以後、格別目新らしい被上告人の主張、立証を加えることなく、専ら第一審における口頭弁論の結果に基づく法律的判断だけで、たやすく第一審における正当な法律的判断を排斥し、上告人の請求を棄却して、上告人の身分上の地位に重大な影響を及ぼす結果を招来せしめる判決を敢てしている。

然しながら、原判決には左記の通り、公認会計士法の解釈を誤つている違法があるばかりでなく、職業選択の自由を保障した憲法の規定にも違反し、かつ同種法律判断を示している最高裁判所の判例にも抵触し、更に同種法律判断をしている東京高等裁判所が示した判例とも相反する結果があるなど、種々の法律的違法事由が介在し到底破棄を免れないものである。

仍て以下にその論旨を記述する。

第一点 原判決には公認会計士法(以下単に法という)の解釈を誤る違法がある。

(一) 原判決は、公認会計士であつた上告人が公認会計士協会(以下単に協会という)に業務廃止による登録の抹消に関する届出書を提出したときに上告人の公認会計士としての身分が失われていたのか、それとも、公認会計士であつた上告人が業務を廃止した場合、その身分を失うのは、業務の廃止の届出により協会がその登録抹消をなした時点であるかの論点について、「公認会計士等が業務を廃止したときに関する同条一号(上告人注、法第二十一条一号)の場合は、死亡ないし欠格条項発生のように、それらの事実の生じたときに当然身分を失う場合と異なり、身分喪失の効果が業務を廃止したときに遡るかどうかの点は暫く措くとして、登録の抹消がなされたときに、その身分を失うと解するのが相当である。」となし、その理由の第一として、「公認会計士等の名簿登録制度は、公認会計士等について、いわゆる許可制をとらず、その有資格者が申請することによつて、名簿に登録をうけ、その業務をすることを認める制度であるるとともに、公認会計士等の身分上の全般的な監督を掌握する所管行政庁が登録された者に対する監督を行ない、協会が名簿の管理に伴なう監督に関する事務を行なうための制度であるから、公認会計士等がその業務を廃止するには何らの制限がなく本人の意思のみによつて随時業務を廃止することができるけれども、右のような名簿登録制度の目的とする監督関係から離脱することを明らかにする点からも、たとえ本人が業務を廃止したとしても当然には公認会計士等の身分を喪失せず、廃業を事由とする登録の抹消がなされたときに、はじめてその身分を失うものと解するのが相当である。」と判示した。

そもそも本件の主要な論点は、被上告人が上告人を法違反として登録の取消という身分剥奪の懲戒処分をなしたところ、その処分以前に、上告人が自発的に廃業して、これを理由とする廃業届を、法及び公認会計士等登録規則(以下単に規則という)の手続に従つて公認会計士協会に提出し、その廃業届には別段要式上の瑕疵がなかつたという事実関係の下において、果して上告人の公認会計士としての身分は何時失われたと解すべきものであるか、次いで協会は、上告人の資格喪失を登録抹消手続においてどのように取扱うべきものであるかということに帰着する。

この点に関し、上告人は第一審以来、廃業の自由は憲法の保障するところであるから、たとえ被上告人が法第三十条以下の規定に従い聴問等の手続を開始したとしても、そのことにより、上告人が自発的に業務を廃止することになんらの法的制限はない。そして法及び規則に従い廃業届が協会に提出され、しかも要式に欠けるところがないものとして受理されたときには、遅くともその受理の日において、上告人の公認会計士たる身分は喪失したものであり、協会のなす登録抹消手続は単に資格喪失の事実を外部に公証するに過ぎず、登録の抹消によりはじめて資格が喪失するものではないことを法及び規則を詳細に解説して主張してきた(第一審昭和四四年一一月六日付原告準備書面参照)。従つて、本件のように登録抹消の事由が時間的に相前後して生じた場合の効力関係を明かにする当つては、原判決は、まず適法に提出された廃業届に対して協会のなすべき登録抹消手続が如何なる法的関係に在るかを判断しなければならないのに、原判決はこれを看過し、単に「たとえ本人が業務を廃止したとしても当然には公認会計士等の身分を喪失せず」というのみであつて、業務廃止の届出と登録抹消との法的関係についての重要な論点につき判断を逸脱した。

(二) もつとも、この点に関して、原判決は「名簿登録制度の目的とする監督関係から離脱することを明らかにする点からも、……廃業を事由とする場合は、登録の抹消がなされたときにはじめて、その身分を失うものと解するのが相当である」として、廃業のような本人の意思による場合は登録の抹消が資格喪失の要件であると断じている。このような解釈を採る場合には、法により認められており、原審もこれを肯定せざるを得ない廃業の自由を実質的に制限するに等しい結果が生ずること、例えば登録抹消手続が何らかの事務上の都合で遅れたような場合にも、本人はその意思に反して、何時迄も資格を保有せしめられることになるという不都合を生ずることとなる。この点については、さらに後述するとして、そもそも、このような解釈は法及び規則の規定そのものに抵触するものである。即、法第二十一条は、公認会計士等がその業務を廃止したときは、協会はその登録を抹消しなければならない旨を規定し、規則第七条はこれを受けて、この協会の義務の履行のために、本人より自発的廃業の事実を報告せしめることとして、「公認会計士等は法第二十一条一号……に該当するに至つたときは……。本人はその旨を記載した様式第七号による公認会計士等の登録抹消に関する届出書を協会に提出しなければならない」と規定し、協会に対しては、登録抹消の義務を課するとともに、本人に対しては、自発的廃業という事実の発生の届出を義務づけているにすぎないのである。そして様式第七号による届出事項は、登録番号、登録年月日、氏名、住所、本籍の外事実及び事実を生じた年月日となつている。このように法や規則が廃業の事実が発生したときには、それを事由とする届出書を提出すことをもつて足りるとしていることは、弁護士法第十一条が「弁護士がその業務をやめようとするときは、所属弁護士会を経由して、日本弁護士連合会に登録取消の請求をしなければならない」としているのとは、その趣旨及び精神を異にするものであつて、若し原判決のいう如く、名簿登録制度に由来する所管官庁等の監督がしかく制度上緊要であるとするならば、法においても廃業の事由による登録の抹消を本人の請求にかからしめる規定を設けるのが相当でなければならない。このような規定の全趣旨からみても、原判決が監督上の要請から、監督関係の離脱を明かにする必要があるとして、敢て前記の如く登録の抹消を資格喪失の要件と解しているのは、明かに法の解釈を誤るものである。

(三) さらに原判決は右の目的の外、法第三十四条の十七、一号が監査法人の社員たる公認会計士等が登録の抹消により脱退する旨規定し、法四十六条の二、一項が、会員の監督に関する事務等を行なう協会に当然入会するとする公認会計士について、その登録の抹消されたときは当然協会を退会する旨規定し、いずれも公認会計士がその業務を廃止したときをもつて監査法人社員脱退または協会退会の時期としていない点からみても、法は公認会計士等が業務を廃止しただけでは、その身分を失わず、登録の抹消をうけたときに身分を失うものと解すべき論拠としている。

しかしながら、前各法条のうち前者は監査法人からの社員としての脱退事由を、また後者は協会からの退会事由(当然退会であるから退会の時期も規定されているといえよう)を法技術的に規定したにすぎないのであつて、これらの規定をもつて自由廃業がなされたときにおける身分喪失の時期を制限する法的根拠となすことは全く的外れも甚しい。しかも前各条にいう登録の抹消とは、法文上は法第二十一条に規定する登録抹消事由の凡ての場合を含むと解すべきところ、死亡や他の欠格事由に就いては勿論、例えば登録抹消の懲戒処分の場合でも行政処分をしたときに、即時にその効力が発生すると解せられているのであるから(最高裁判所昭和四二年九月二七日大法廷民集二一巻七号一九五五頁参照)、これ等の場合においては敢て登録の抹消をまつまでもなく脱退し、又退会すると解せられないでもなく、従つて前各条の規定の仕方そのものにつき疑問を生ずるであろうから、このような不完全な法条を根拠として、法は、業務廃止の場合、それを事由とする登録の抹消があつてはじめて身分を失うとしているものである。と解すること自体、極めて薄弱な理由であるといわざるを得ない。

第二点 原判決には、法の解釈を誤ることにより、職業選択の自由に関する憲法の保障に違反する違法の虞れがある。

公認会計士となる資格を有する者であつても、ただそれだけでは、当然には公認会計士の業務を行ない得ず、法に基く開業登録申請をなし、協会の資格その他の審査を経て登録がなされた以後に始めて公認会計士としての業務を行ないうるものであるが(法第十七条、規則第一条)、法がこのように業務開始につき、厳重な審査、登録手続を要するものとなし、開業登録を公認会計士となることの法定要件としている所以のものは、上告人が第一審以来指摘するとおり、業務遂行中における当該公認会計士に対する所轄官庁等の指導監督の必要から現に公認会計士たる者の身分関係を、つねに登録制度内に把握しようとする政策的配慮に基づくものである。然し他方、法が公認会計士において、業務に従事する意図を放棄して協会に対し、業務廃止を事由とする届出をすることについては、直接明文をもつて何等留保、制限することのないのは、そもそも業務の廃止もそれを事由する登録抹消の届出も、元来自由であるとしているからである。蓋し自ら公認会計士たる身分を失わしめる行為は、職業選択の自由とともに、本来全く自由なものであるのみならず、かかる届出をなす者に対しては、名簿登録制に名を藉りて、爾後その業務を監督する必要は毫末もないからである。従つて規則第十条は自由廃業届を審査の上、登録の抹消をする旨を定めているが、ここにいう審査とは、自由廃業届についての規則第七条の要求する様式に副う届出事項に欠くるところがあるかないかの形式審査をもつて足ると解すべきであつて、開業登録申請の場合において、公認会計士となる資格があるかどうか、その他公認会計士として登録されるに適わしい諸条件を具備しているかどうかなどを、実質的に審査するとは、その法的性格を異にするものである。そのように解するのでなければ、法の自由廃業とこれを事由とする登録抹消の届出について、何等の制限、留保条項を設けていない法の趣旨に反することとなるであろう。また実務上の見地からみても、若しこの場合における登録の抹消が身分喪失の要件であるとすると、元来登録の抹消事務を掌る協会の独自の組織運営上の内部事情や、判断などにより身分の喪失が一に協会の手続に左右されることなきを保し得ず、かくては、実質的に廃業の自由が、法上の根拠も基準もなく制約されることとなるであろう。(尤も原判決の判示中には前記の規則にいう審査の意味には直接触れていないが、監督関係からの離脱を明かにするためという立場に立つならば、廃業による登録の抹消届に対する審査もまた実質的審査であると解することが論理上の帰結であろう。若し原判決の立場をとり乍ら、なお形式審査にすぎないとするならば、協会の一存によつて資格の喪失やその時期が左右される不都合は誠に著しいこととなる)。

いうまでもなく、国民は、憲法上、職業選択の自由を有し、この自由には職業からの離脱の自由も含まれるものであるところ、この自由は公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とするとされているのであるから(憲法第十三条参照)、公認会計士が業務を廃止し、所轄官庁等による監督関係から離脱することとなることもまた、公共の福祉を理由とする合理的な制限、留保条項が、法に明文化されていない限り、これを制約することはできないのである。この根本的理解に思いを致さず、名簿登録制度の目的とする監督関係からの離脱を明かにするするためということを大きな理由として、協会による登録の抹消を身分喪失の法定要件と解することは、まさに、法の解釈を誤り、ひいては憲法の職業選択の自由にも違反するものである。

第三点 原判決は、最高裁判所の判例の趣旨に抵触する違法がある。

まことに、第一審判決が明快に指摘している通り、「法第二十一条には、公認会計士がその業務を廃止したときは、死亡したとき又は登録抹消の懲戒処分を受ける等法四条所定の欠格事由の生じたときと同様に、日本公認会計士協会は、公認会計士名簿登録の抹消をしなければならない旨規定している。しかし、もともと名簿登録の抹消は、名簿の登録によつて取得した身分を失わしめる行為そのものではなく、他の事由によつて喪失があつた場合において、その者の職務の重要性にかんがみ身分喪失の事実を公けに証明して一般に紛議の余地なからしめんとするものである(最高裁判所昭和四〇年(オ)第六二〇号事件)から、法第二十一条は公認会計士名簿の登録を抹消すべき場合を明示するとともに、その抹消は、公証行為としての性質上、身分喪失の事由が発生した後になすべき旨を規定したものである」ことは、本件において最も参考とされるべき判断基準といわなければならない。

然るに原判決は、「法二十一条二、三号の場合における登録の抹消は、これによつて死亡又は欠格条項の発生による資格の当然喪失に伴い公認会計士としての身分を失つている事実を公けに証明する行為にすぎない(前記最高裁判決参照)」としつつも、業務を廃止したときに関する同条一号の場合は、同条二、三号の場合と異なるものであるとなした。よつての際、原判決のいうとおり、果して法二こ十一条一号の場合における登録の抹消は身分喪失の法定要件であるかどうかを、前記最高裁の判決の趣旨との関係において明かにする必要がある。しかして上告人は原判決はこれに抵触するものであると信ずる。その所以は、原判決の結論の前提である「名簿登録制度の目的とする監督関係から離脱することを明かにする点からも」なる原判決の所論が理由極めて薄弱だからである。

公認会計士は、開業登録をうけてからその業務を廃止するまでの間、所轄官庁等の指導監督に服するものであるが、この指導監督の作用としては、業務執行上の行政指導監督と業務執行上の非行に対する懲戒処分の二つが考えられる。ところで法第二十九条は、懲戒処分としては、戒告、一年以内の業務の停止、登録の抹消の三種を規定しているから、何れの場合においても、公認会計士の身分を保有していることを前提とするものであることは明らかである。従つて当該公認会計士が自由廃業し、その身分を喪失したときには、登録の抹消なる身分の排除を目的とする懲戒処分は、その本来の目的を失つたものとして、このような者に対してはもはやなし得ないことはいうまでもない。そこで若しこのような者に対し業務執行中の非行につき、どこまでもその責任を追及する必要があるというのであれば、それは懲戒処分以外の途、例えば民事、刑事上の責任を別途に追及すれば足りるのである。

懲戒処分の極限としての登録の抹消の本質をこのように理解する限りにおいては、名簿登録制度上の監督関係に入つた者が自らの意思でその身分を排除する公けの行為に出て、このような監督関係から離脱することを、「名簿登録制度の目的とする監督関係からの離脱を明かにする点からも」というが如き理由をもつて、制約することは全く合理性を欠くものである。論者或は、懲戒事由に該当すると思惟する公認会計士が、懲戒手続中若しくは、その手続開始後に廃業することは、法の秩序を乱すとか、公共の福祉に反するとか、権利の濫用であるとか言わんとするものがあろうが、そもそもこれらの論議は、法に定める登録の抹消なる懲戒処分と自由廃業による身分喪失行為との関係を理解せざるものであつて、原判決もまたこれと同様である。或は、原判決はこれらの論議に迷わされたのではないかと思われないでもないが、それはともかくとして、原判決が前記の理由をもつてして、法第二十一条一号の場合における登録抹消の法的性格を、第法二十一条二、三号の場合における登録抹消と別異に解釈していることは、誠に理由薄弱であり、究極のところ前記最高裁の判決の趣旨に抵触するそしりを免れない。

第四点 原判決は類似事件に対する東京高等裁判所の判例と相反する。

(一) 原判決は上告人の廃業届に身分喪失の効力を認めず、あく迄もその後になされた登録抹消の懲戒処分に優先的効力を認め、上告人はこの処分により、はじめてその身分を失つたものと判断しているのは、法が行政処分により身分上の制裁を加える制度としての懲戒の本質を正解せざるものであつて、到底違法のそしりを免れない。「本判決の最も重大な誤りはまさにここにある。」

法第二十九条によれば、懲戒処分は戒告、一年以内の業務の停止及び登録抹消の三種であるが、前二者は何れも、公認会計士の身分をそのままにしておいて、業務遂行の公正を期するため、将来を戒め、或は一定期間業務を停止して業務行為を掌らしめないものであり、これに対し、登録の抹消は公認会計士としての身分を将来に向つて剥奪し、業務に従事する余地を失わしめるものである。従つて懲戒の目的はその最たる登録の抹消の場合でも、将来に向つて業務に従事することを禁止することを所期するに止まり、それ以上を出ない。公認会計士がその意に反して業務遂行を禁止されることは最も手痛い制裁に外ならないが、このことは、自ら廃業を決意して自発的に業務から離れることとは少しも内容的には差異はないのである。登録抹消の懲戒処分により登録抹消をうけた者は、法第四条第五、六号により、一定期間公認会計士となるための適格を欠くものとされている点において、自発的廃業の場合におけるとは、差異があるようではあるが、然しこのような制限は、登録抹消なる懲戒処分に伴なう法の附随的措置に外ならないのであつて、このこと自体が登録抹消なる懲戒の目的ではない。登録抹消の懲戒の目的は、あく迄も公認会計士たる身分を失わしめることの以上でもなければ以下でもない。法は、公認会計士制度の秩序を維持しその信用を保持するための懲戒の極限としては、公認会計士たる身分を排除すれば足るとなしているものであると解するのが、最も懲戒の本質に副う所以である。

このように懲戒の極限として一定の身分ないし資格を排除する例は、国家公務員法の免職(同法第八十二条)及び地方公務員法の免職(同法第二十九条)、弁護士法の除名(同法第五十七条)、弁理士法の業務の禁止(同法第十八条)、税理士法の税理士業務の禁止による登録の抹消、海難審判法の海技従事者若しくは水先人の免許の取消(同法第五条)などにこれをみるのであるが、これらは何れも資格保有者身分を失わしめ、その関係社会より閉め出すことを目的とする性格のものであることは、公認会計士の場合と全く同様であつて、何れの場合においても、身分上の制裁としての懲戒処分の極限の性格には変りはないのである。

(二) ところで、これらの法律のうち、本人がなす自発的身分の喪失行為と懲戒の極限としての身分を失わしめる行政処分との関係について、弁護士法及び弁理士法のように、懲戒手続が開始されたとき、自発的廃業による登録の取消を許さないとする特別規定がある場合は格別、そのような規定のない法律制度の下においては、身分を失わしめる懲戒処分がなされる以前に、本人からなされた自殺行為ともいうべき、自発的身分喪失行為を敢て効力なきものとしてこれを排除することは、懲戒処分の本質に鑑みると、全く実益のない無意味のことであり、これらの法律(就中、いわゆる自由職業といわれる職種に関する法律)に一貫して存在する一大理念に反するものである。原判決が監督関係からの離脱を明かにするためと称して、結果的に本件懲戒処分の優先的効力を認めるのは、懲戒処分の本質に理解が足らないことはさることながら、一たび官による懲戒手続が開始された以上、明文の有無を問わず、あく迄もその手によつて膺懲しなければならないとする権威主義的威嚇作用を所期しているに外ならないというそしりを到底免れないというべきである。若しこのようなみせしめが国家社会的に特に必要であり、かつ、そのことが一般的に合理的であるとするならば、正に公共の福祉に添うものとして、懲戒処分を優先する旨を法律の明文において明かにしておかなければならないものなのである。それを敢て無視する解釈をとることは断じて許されない。

この点に関し、過失により海難事故を生ぜしめたとして海難審判第一審事件において受審人として指定された水先人が懲戒の裁決をうけた後、第二審の高等海難審判庁の事件繋属中に、自発的に水先業務を廃止しその免状を監督官庁に返納したので、第二審は、水先人の資格喪失を理由に当該受審人である水先人を懲戒しない裁決をなした事件に関して、東京高等裁判所(昭和四一年(行ケ)第九五号事件)は次のように判決していることを想起すべきである。「海難審判法によれば理事官のなす受審人の指定は当該海難に関係ある海技従事者または水先人に対する懲戒の裁決を請求する申立であり、懲戒の裁決は免許の取消、業務の停止および戒告の三種と定められているから、海技従事者または水先人の資格(免許)を有する者でなければ受審人たる適格を有しないのであつて、受審人の指定がなされたときに海技従事者または水先人の資格を有した者でも、その後裁決前にこれらの資格を失うときは、もはや受審人たる適格を喪失するに至るものと解しなければならない。ところで水先法には、水先人が自ら水先業務を廃止し水先免状を返納することについて、なんらの制限、留保を定めた規定は存しないから、水先人はたとえ海難事件について受審人の指定を受けた後においても、自ら水先業務を廃止して水先免状の返納を自由になし得るものといわなければならない。したがつて、原告が前記認定のとおり第二審の海難審判庁に繋属中、水先業務を廃止しその免状を返納することにより、水先人の資格(免許)を喪失した以上、原告は爾後受審人たる適格を有せざるに至つたというべきである。」ついで、この事件に対する上告審(最高裁判所昭和四二年(行ツ)第三一号)は、上告人(前記水先人)が既に水先人の資格(免許)を失つていることを前提として論旨をすすめ上告を棄却した。(なお、上告人たる水先人の登録を、第二審繋属中に、本人の業務廃止と免状の返納とをもつてその時点に資格(免許)が喪失したものとして所管官庁は抹消した。)そもそも水先人は水先法により所管官庁の名簿に登録されることが水先人となることの要件であり、さらに水先人会に強制的に加入させられるものであるから、登録により所管官庁等の登録名簿上の監督関係に入るものである。しかも海難事故は、ときには、人命にまで取り返しのつかない損失を及ぼす惧れのあるもので、水先人の責任は誠に重大である。それにもかゝわらず、右の判決は水先法も海難審判法も亦、海難事故発生につき過失があるものとの理由で、海難審判の受審人として指定されて理事官より懲戒の申立をうけた水先人が、廃業し免状を返納することにつき、何らの制約、留保規定を設けていないから、水先人の右の行為により、資格(免許)は適法に既に失われたものであると判定したのであつて、水先人は所管官庁等の監督関係からの離脱を明かにするためにも、或はまた監督の必要からいつても、明文の規定がなくとも、その登録の抹消が制約されたり、留保されたりするものであるとの立場をとつているものではないのである。この判決文においては、水先人の登録が何時抹消されたかは明かにされていないが、何時実際に抹消されたかという時間的、事務的な考慮は、本件水先人の資格喪失には拘りはないという見地に立つたものであることは、その判決の全趣意に照し明かであるといえる。この意味において、原判決が監督関係からの離脱を明かにする点からも、本件上告人の廃業を事由とする登録の抹消がなされてはじめて資格が失われるとなすことは、前記高裁判決が判示した自由職業における自由廃業届の効力に関する趣意に反するものである。前記第二審たる高等海難審判庁の裁決が水先人の資格は失われたとして当該水先人を懲戒せずと裁決し、また前記高裁の判決がこれを維持した所以のものは、既に水先人が廃業し、免状を返納したことにより資格が失われてしまつたときには、資格排除を目的とする懲戒処分は事実上既にその目的を達しているので敢て懲戒処分をなす必要性は既になくなつたものとして事案を処理すべきであるという見解がその根底にあるのであつて、このような見解こそ制裁の極限としての身分排除を目的とする懲戒処分の本質に最も適合する解釈であるというべきである。(なお、一般商事会社の従業員に対する懲戒処分も、その目的が当該従業員を企業から排除することにあるとする趣旨の東京高等裁判所昭和四二年(ネ)第二三五〇号事件判決、判例タイムズ第二五六号一五一頁参照。)そしてこの理は本件の場合には適用できないという特段の事由は全くない。

結語

原判決は、廃業は自由であるが、名簿登録制度上の監督関係からの離脱を明かにするため登録の抹消があつてはじめてその身分を失うものであるというが、そもそも、上告人は唯単に内心において廃業を決意したというのではなく、名簿の登録を掌り直接これを管理する協会に対し、形式に瑕疵のない廃業届を提出し、そして受理されたものであるから、その時点において監督関係からの離脱の意思表示が協会に公けに明かにされたとするに十分である。従つて、この行為に加うるに、さらに、協会自らが登録を抹消して始めて本人の監督関係からの身分の離脱が明瞭になるという筋合のものではない。精々、離脱の意思表示が公けにされた以後は、監督関係から既に離脱した者であることを明かにする事後の事務上の手続が残るだけである。原判決の理論に従うときは、たとえ、適法な廃業届がなされても、上告人が一審以来屡々主張しているように、協会の事務上の手加減次第で、本人の意思に拘りなく身分の失われる時点が定められるという不都合を生ずる。規則が廃業の事由の発生日を、特に届出事項としている点から看取しても、何時廃業したかが、届出の日とともに重視されているのであるから、このように考えれば、原判決の論旨は極めて実際にもそぐわない結果を招くこととなる。

以上縷々述べきたつたが、要するに原判決は、主務大臣が一旦公認会計士に対する非違を糾弾するため、懲戒手続に踏み切つた以上は、あく迄もその手続内においてこれを措置するのでなければ、法の目的乃至は監督上の必要を充たし得ないという予断に基づいて、ことさらに上告人のなした自発的廃業届出の効力を抹殺しようと試みているものと判断せざるを得ないのである。およそ懲戒手続の前後を問わず、当該公認会計士が自らその非をさとり、事業上の自殺行為に等しい自発的廃業の届出を敢てしている場合には、最早国家として懲戒処分により同じ効果を死屍に加える何等の必要も合理性もなく、若し懲戒手続軽視の態度を責める必要があるのであれば、懲戒手続開始の前後によつて区別を設けるだけの理由を明かにして、例えば弁護士法の如く、何等か根拠ある法律の明文を設けるべきであるといえよう。このような明文のない法の下において発生した本件事案においては、上告人の自由廃業届が公けに提出された時点において上告人の身分は、協会の爾後の登録抹消手続を待たずして、喪失したものと解するのが、法の最も正しい解釈であるとともに、自由廃業と懲戒の本質とにも副う所以なのである。

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